「ただ、みんなと同じになりたい」LGBTを巡る問題で変わり始めたこと、変わらないこと

2019.04.18


「ただ、みんなと同じになりたい」LGBTを巡る問題で変わり始めたこと、変わらないことー細野豪志×柳沢正和

平成が終わり、来たる2020年にオリンピック・パラリンピックを迎える東京。

その一方で、未だ議論の進まないもののひとつに、「LGBT」の問題があります。

今回対談をしたのは、過去に自身のゲイというセクシャリティをTedxTokyoでカミングアウトし、現在では金融機関で働く傍ら、LGBTと職場に関する調査や啓発活動などを行う柳沢正和さん。

金融業界で大きく活躍されてきた柳沢さんが、この10年のあいだに感じた日本のLGBTに対する変化と、日本が多様性を認めないことによるビジネス視点からの大きな弊害についてお話を伺いました。

【柳沢正和(やなぎさわ・まさかず)】1977年東京都生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。メリルリンチ証券等を経て、現在も外資系金融機関勤務。自身がゲイであることをカミングアウトし、世界中に中継されたTedxTokyoでのスピーチは「史上最大級のカミングアウト」と報道された。LGBTが素敵に歳を重ねていける社会づくりを応援する認定NPO法人グッド・エイジング・エールズ、学校法人UWC ISAK評議員、国際NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ東京委員会ヴァイス・チェアを務める。

■LGBTは、日本の金融機関では受け入れてもらえなかった
細野:
柳沢さんは金融界で大活躍されて来ましたが、金融の仕事をやって来られた経緯などをお聞きしてもよろしいですか?

柳沢さん:
大学時代、私は経済のゼミにいたので、まわりのゼミ生もメガバンクや日銀など官庁系のエコノミストになる人たちが多く、必然的に金融業界を目指すようになりました。

ただ、その時点で自分がゲイである、というのには何となく気づいていました。

それを踏まえて自分の将来を考えたときに、活躍したいという反面、日本の大きな組織でどうやって活躍できるのか、まったく想像がつきませんでした。

そんなとき、OB訪問で話を聞きに行ったら、「うちの銀行は海外のいろんなところに支店があるから活躍できるよ。ところで、彼女いる?」って言われたんですよ。それで、今はいません、と答えたら衝撃的な一言を言われました。

「うちの銀行は結婚していないと、海外に行かせてもらえないんだよね」と。

細野:
あぁ、今は変わりつつあるけど日本の銀行では結構ありがちですね…

ものすごく有能な人材を、日本の金融界は取り損なってしまったというわけですね。

柳沢さん:
そう言われたときに、これはないな、と思いました。一方で、外資系の機関のインターンをしたときに、自分のチームのヘッドが女性だったり、会社のなかにLGBT含めすごく多様な人がいるという空間がありました。それで、ここしかないと思い、入社を決めたんです。

新卒で入ったメリルリンチ証券では、すごく良い機会をもらって、2002年にイギリスに転勤し、6年近くロンドンにいました。

当時ロンドンは金融の中心で、世界中から人が集まっていましたが、一方で日本のオフィスよりもさらに保守的な空気がありました。会社の中でカミングアウトしている人なんで誰もいないし、女性もあんまりいなかった。

それが、滞在していた6年間のあいだにものすごい変わっていったんですよ。

細野:
大きな動きを実際に肌で感じたんですね。

柳沢さん:
2012年のロンドンオリンピックを控えていたこともあり、いわゆる治安の悪い地域が再開発されていくなかで、「新しいロンドン」というテーマが提示されていったんですよね。

いろんな世代、いろんな人種、いろんなセクシャリティという多様性が、ロンドンのシンボルみたいなものに変わっていったんだと思います。

会社のなかの制度も大きく変わったし、パートナーシップ制度(同性カップルを結婚に相当する関係と認め、「パートナー」として婚姻届と同等として証明できる仕組み)や同性婚に繋がる動きもありました。

一度、保守党の議員がゲイをカミングアウトしたときに、ちょっとした騒ぎになったことがあったんですけど、その後しばらく経って、あたかも何事もなかったかのようになり、そのまま活躍していく姿を見ました。それで、「一定の移行期間を経れば、社会って変わっていくんだな」と思って帰国したのを覚えています。

「もしかしたら、あの日本でも変わるかもしれない」という一抹の期待を抱いて。

地元の人たちからの友達申請。少しずつ変わり始めた日本の価値観

細野:
そうして柳沢さんが帰国されて10年以上経っていますが、今の日本社会をどう見ますか?

柳沢さん:
少しずつですが、変わってきているとは思います。実は帰国してから3年間くらい、潜伏期間がありまして…。

自分がゲイということを、日本社会の中でカミングアウトせず、社会に積極的に働きかけるのを躊躇して、日本がイギリスのように変われるか変われないかを伺っていたような期間がありました。

そのときに、私がイギリスにいたときにカミングアウトしたのを知っていて、「自分の会社を変えていきたい」と声をかけてくれた人が何人かいたんです。その人たちはビジネスの最前線で、次の時代の新しい社会の仕組みを考えている人たちでした。

そこから、元々あった外資系金融機関だけのインターバンクという組織を発展させ、「LGBTファイナンス」という日系の金融機関も含めた働くLGBTの社員の個性を尊重し、支援する職場環境を作り出す機関を設立し、活動を本格化させました。

また、94年から開催されているレインボーパレードも、私が参加したころから企業で働く従業員が積極的に入るようになってきて、それが相乗効果になり、どんどん大きくなっていきましたね。

細野:
応援演説をしに行って偶然出会ったのですが、柳沢さんのご両親は川崎市内の商店街でテーラー(紳士服)をやられていますよね。商店街のような保守的なところで、変化はありましたか?

柳沢さん:
商店街は、小さなコミュニティなので、何かあればみんなにすぐに伝わるんですよ。ただ、私が株式市場の事を新聞で話したりすると、「息子さん新聞出てたね〜!」と広まるのに、LGBTについて話すと何も反応がない。何事もなかったかのように処理されるコミュニティでもあったと思います。

でも、それが10年あいだにやっぱり変わっていきましたね。両親もそのあいだに受け入れていったというのがあるんじゃないかと思います。

同じように、地元の人たちも、私のレインボー色に染まっているFacebookにリクエストをくれるようになったんです。これにはかなり感慨深い思いをしましたね。

■日本人の同性カップルが、日本に帰国できないという問題

細野:
それだけ日本社会が大きく変わってきているんでしょうね。ただ、その一方で制度は変わってきていない。

その象徴的な問題として、外国人同士のカップルが日本に来る場合は、特定活動で入国が合法的に認められるの対し、日本人が海外で結婚して連れて来る場合は認められない、というのがありますよね。外国人同士は認められているけど日本人だと認められない、という逆差別の問題。

ビジネスの観点から見て、日本人がこれだけ世界で活躍するようになっているなかで、在留資格がないことで具体的に支障が出ている例はありますか?

柳沢さん:
たくさんありますね。20代を海外で過ごし、向こうでパートナーと出会った人たちが帰国できない、というケースや、実際に私のように海外に駐在していた人たちが帰ってこられず、仕方がないので日本の銀行を辞めてしまった、というケースもあります。

これは、「人材」という意味でいうとものすごいロスだと思いますよ。

細野:
多様性が認められないことが、ビジネス上でもかなりの支障をきたしている、というのは新しい視点ですよね。

柳沢さん:
実際、去年に香港が同性のカップルに対してビザを出すようになったことも含め、金融機関をはじめとする企業が拠点を香港やシンガポールに移してるんです。最近日本は香港市場に時価総額を逆転されました。

東京都が頑張ってアジア本社を再誘致しようとしているわけですけど、そのなかでこの問題というのが立ちはだかっている。

細野:
人材がダイバーシティに理解のある場所に集まる、というのは世界共通の動きかもしれませんね。たとえば、アメリカにおけるサンフランシスコや、アジアにおける香港など。

柳沢さん:
これはSONYの元社長・出井さんがおっしゃっていたんですけど、クリエイティブな人材を集めようとするとき、なぜかそれが日本じゃ難しい。

そして、サンフランシスコや人が集まってる場所を見ると、LGBTを含めた多様な人々を受け入れる基盤が法制度上できていて、それがすごく大きいという話をされていました。自分らしくいれること、それがイノベーションの鍵になると。

■ただ、みんなと同じ立場になりたい

細野:
少しずつですが、日本でも変化の兆しが出てきているようですね。

柳沢さん:
2年ほど前、台湾人の方と日本人の方のカップルが在留資格を巡って裁判を起こされたんですけど、つい先月、裁判の判決が出る前に法務省が在留許可を出しました。

これは良い終わり方ではあったけど、ただ、法務省は在留資格を他の例に認めているわけではないので、根本的な解決にはなっていないんです。

細野:
でも、その在留資格がおりたということは、当事者たちにとってはかなり大きな変化ですよね。

柳沢さん:
個別の許可で、すべての人に適応される法制度ではないですけど、かなり大きかったかと思います。

法的な判断を求めて裁判を起こし、コミュニティが数年間生活費を含めカップルを支えて、結果勝ち取ったという成功体験を経た事で、今まで黙って国外退去されていた人たちが「やっぱりおかしい」と声をあげる機会になりましたからね。

細野:
それをLGBTコミュニティじゃなく、日本社会全体で共有できるとこの問題は一発で解決するのかもしれませんね。

柳沢さん:
本当にそのとおりだと思います。このカップルは千葉市在住なんですけど、千葉市がパートナーシップ制度を導入し、この制度には賛否両論があったけど、確実にニーズがあるんだ、ということが市民の方には届いて、多くの賛同する意見もあったそうです。

制度が今後国レベルで作られて行くべきだし、こういった個人ストーリーや生きるうえでの困難さをもっと知ってもらえたらと思います。

細野:
千葉市のパートナーシップの良いところはLGBTだけではなく、異性にも認めているところですよね。

柳沢さん:
市長である熊谷さんには明確な哲学があって、それはLGBTの人たちに特別な制度を作るのではなく、すべての人に平等な制度を作りたいと思っているところなんです。事実婚にも、結婚できない異性のカップルにも同様にベースが建てられていて、それがまさに僕たちが求めていることでもあるんです。

特別扱いをしてほしいわけではなくて、ただみんなと同じ立場になりたいんです。

〈文・撮影=いしかわゆき(@milkprincess17)〉
 

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